撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

決めたことだけが・・・・

夏の入り口
高校の音楽部の話をしていたことを
3か月の間にすこしずつ進めてきた
2回めの練習日にあたるこの土曜日のOB練習会には
東京から帰ってきたひとや本当に久しぶりにあうひとを含め
10人が集まり用意した楽譜で4曲ばかりを練習する


あらためて先輩のお話をお聞きすると
我が音楽部創部60数年になる由緒正しい部活らしい
その昔、一クラスに女子が数人しかいなかった頃
音楽部は60人の部員のうち40人が女子という
ほかの男子生徒から風当たりが強い時代もあったとか
(部員60人というのが私たちからみるとこれまた素晴らしく羨ましいかも)


そして顧問の先生がとても合唱に造詣の深い方だったにも関わらず
一貫して学生指揮のかたちをとり続け
生徒自身が考え作っていくことを見守り続けられたよう
一部の指導者やコンクールの審査員などがたまに
学生指揮などお遊びというような批判の言葉を投げつけることもあったようだが
顧問の先生は気にすることはないと影で支え続けてくださったらしい


私たちの時代も自分たちで選んだ学生指揮のもと
パートリーダーと会議をしたり
時には全員で詩や曲についての話し合いを持ったりしていた
指揮者がひとり黙々と指揮の練習をしたり
時にはOBの方に教えていただくために
その先輩の合唱団にお邪魔したり下宿まで訪ねたりもしてた
創部当初から受け継がれた精神はどこかでちゃんと根付いていたんだろう



高校創立の周年行事ごとに音楽部としても演奏会などをしていた
80周年ではブラスバンドと音楽部合同の演奏会があったのだが
ちょうど幹事学年にあたって出席できなかった私は
90周年でまたなにかあればみんなと歌いたいと思っていたにもかかわらず
そのときには合唱の催し物は開催されなかった


昨日こられた17歳年上の先輩が
80周年まではずっと自分たちが企画運営してきたけれど
90周年のときはもうかなりつながりが薄れてみんなに呼びかけるほどではなかった
だから数人のOBに声をかけて声楽家になっているひとのミニコンサートにしたんだよ・・と
100周年にもなにかやってくれという声はかかるだろうけれど
このままだとそれくらいしか自分ももうやれないかなと思っていたけれど
こんなふうに自分だけでなく若い年代のひとからなにかつなげていこうという試みがなされて
とてもうれしい、これならきっとこれからも関わっていきたい
と言われたことが本当にうれしかった



漠然と・・・
自分が初めてなにかに夢中になれたあの時代
それがいかに大切だったか分かり始めたこのごろ
そして高校だけでなく
音楽部というつながりもきっとあると
そのためになにかすることはできるのではないかと感じ始めたこと


2年ばかりそれなりの集まりをしながら
そろそろ動き出していいのではないかと
見切り発車的に始めた練習会
想いをかたちにするとかならずそれは誰かの目にとまる
同じ想いを持つ人の心のアンテナにひっかかる


「決めたことだけが実現する」
当たり前に思えた言葉が
なるほどこういうことなのかと腑に落ちる
強い想いを持つならばその重みに縛られるよりも
まずはそれをどこかへと流れださせる
どんなに小さくても一歩踏み出すことが大きな前進につながる