撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

旅の続き

 チェックインをあなたに任せて窓から見えるヨットを眺めている。こんなところに
自分の船を停めているひとはどんな人なんだろうとは思うけれど、別にそれを羨ましい
とは思わない。それよりも今日のこれからの時間への期待が大きいから。


 海に向かって立つそのホテルは遠くからみるとなんともシンプルな形をしている。正直、
その外観からは、特別の期待や感動はもたらさない。海辺のひとつのビルにでも入る
気分でありきたりの自動ドアをくぐる。
 そのとたんに青が迫ってくる。一面、海と空が映るのだ。一瞬言葉を失った私を見て
あなたは満足そうな表情を浮かべた。もう心の中は静かでなんかいられない。言葉に
ならない言葉は胸にあふれている。荷物を持ってもらっているホテルのひとが邪魔で
仕方ない。部屋までの驚きの数々をいちいちあなたに抱きついて話したい衝動にかられ
ている。簡単な説明をしたあとにホテルマンが出ていった。ドアが閉まると同時に
わたしはあなたに飛びついた。
「ねえ、なんだかふたりで青く染まってしまいそうよ!」
 その部屋もまた、二方向は海に向かって開かれ、遠くにはぼんやりとほんのさっき
二人で歩いた島が浮かんでいるのだった。


 もうそれで十分だった。二人とも子供のように先を争ってシャワーを浴びて、いかにも
リゾートホテルという気分になれる厚手のバスローブを纏いベッドに倒れ込んだ。いつも
は、こんなことはしない。時間が経つことを惜しむように濃密な空気が流れる。でも
今日はそんなことは気にしなくていいのだ。もういちどはじめから始められるほどに二人の
時間はたっぷりある。まるで夏休みの子供のような開放感に浸ってふたりベッドに
寝そべったままで海と空がとけるあたりを見るとはなく眺めている。本当に背中から
額から爪先から・・・青と蒼が迫ってきて二人を染めてしまいそうだった。きっと
今日のことを思い出すときは・・今晩のあなたの顔を思い浮かべるときは、この青さが
一緒に目に浮かぶんだろう。そしてこの青さを見るときはきっとこの旅を思い出すの
だろう。心は旅の続きをたびするのだろう。