撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

SCANDAL

 いくつかの意味深な言葉にひかれる今回の「スキャンダル」。


 たとえば、りさこの「女なら誰にでも起こりうること」だとか、
たまきの「・・・(息子のこと)きいてもらうかも・・」とか・・・。


 屈託のなさそうなまゆちゃんの意外と複雑な事情だとか、単純そうな
薔薇姫の根性据わってそうな部分とか・・(意地悪やらせたら一番強烈
かもね)


 理性的に見える貴子さんの、実は超・主観的な部分も面白い。旦那に
言ってることと自分が言ってることが矛盾したことに気づいた時の
うろたえぶりがかわいかった。気づければいいほうだよね。そしてその
矛盾の原因は・・・。


 ひとを信用するかどうか・・それはもっとも理性的で知的な部分で
判断すべきことのような気がするけれど、確かにそういう場面が大部分
ではあるけれど、またもう一方の場面では、自分がそのひとを信用したいかどうか・・それだけにかかわっているのではないかと思わせられる
ひとコマ。騙されているとわかっていても、それでもそのひとと一緒に
いたいと思うときのその哀しさはどこへもっていけばいいのだろう・・
などと書いていたら、ふとりさこのあの哀しげな顔が浮かんできた。


 それからいえば、いままで夫の浮気を感じつつないものとしようと
していた貴子さんが、夫に対して強烈に対決しようとしはじめたのは
自分のプライドよりも本当の愛情を探し始めたからなのか?もちろん
まずは夫に対して・・・。


 わたしたちらしいやり方での仲直り・・・。女同士でこんなに言いた
いこと言い合える関係なんてそうあるものじゃない。なんの関係もない
からこそ、切りたいときにはいつでも切ることのできる間柄だからこそ
できるであろう関係。


 でも、ホントはみんなそうなのかもしれない。必然も偶然も、縁も
無縁も、出会いにそんなにランクがあるわけではなくて、深く関わり
たいと思う人とは深いお付き合いをするし、さらりと流したい人とは
淡く、差し障りなく・・・。「別れた」というからには「付き合った」
という意識があって、「だまされた」というからには「信用していた」
という思いがあるのだろうな・・などとふと思う。


 すこしほぐれてきたこのスキャンダルの人間関係。もしくは崩れかけ
ているさまざまな関係。どうやってきれいな形にできあがるのか?