撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

その14 奇跡

 爪を立ててみた。愛してるって言われたとき、うそって眉を
しかめるかわりに、うれしいって爪をたてた。声にはださなかった
けど、心には行き場ができた。爪を立ててみて、わたし猫じゃない
って思えた。血なんかにじまなかった。わたしはあのひとを傷つける
ことなんかできない。あのひとも、わたしを傷つけたりなんか
しない。心が血を流すのは、自分がそう望んだ時だけだ。


 ふたりでいられる時間は奇跡のようだ。いつのまに当たり前の
ように受け取っていたのだろう。出会いが一瞬を逃せば訪れなかった
ように、この時間もふたりの心がすれ違えばおしまいだ。ありふれた
時間としてならいつまでも続き、いつのまにか埋もれてしまうだろう
けれど、永遠に続く、化学変化のように、細胞分裂のように、あり
得ないほど、そのままであって欲しいから。変わらないまま、常に
あたらしいふたりでいたいから。


 いつの日か、お互いがお互いのことを必要としなくなれば、その
道は分かれていくのだろう。考えると淋しいと言うことは、その日は
まだもうしばらく来ないと思っていいのだろうか・・・。少なくとも
わたしはあのひとを大切に思っている。ただそこにいてほしい。もう
なにかを欲しがることはしない。自然や絵や音楽がわたしを潤して
くれるように、あのひとといるひとときはわたしを潤してくれる。
自分のものにならなくっても愛しいものってあるんだ。必要じゃなくても
大切なものってあるんだ。