撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

とっておき

 おすしを食べた。ショックを受けた。心地よく酔った。


 お呼びが掛かったので、お供しました。おいしいものを食べる会会合です。
初めてのおすしやさん。少し前から行こうって言いながら、なかなかチャンス
がなかったので、ついに!って感じです。


 店に入るときからどきどき・・。カウンターに座ると、いきなり広がる
調理風景。店主がひとりで黙々とねたの準備をしているのが見渡せる。あと
奥にひとり。ガラスのねたケースもないし、目の前を遮るものがなにもない。
見つめているはずなのに、見つめられているような感じがした。


 カウンター一並びに、8人。観客8人か・・なんて考えが、なんとなく
浮かんだ時に、連れが「劇場みたいだね」って耳元に囁いた。あんまり
ぴったりだったのですっごくうれしくなった。あたしたち同じ気持ちで、
幕が上がるのを楽しみにしている・・。


 おさかなの準備が整うと、わさびをおろし始めた店主。レコードほども
あろうかという大きさの鮫皮(ですよね)で、円を描くようにわさびを
おろす。まもなくつんっ、とわさびの香りが届いてきた。ふーん・・
わさびだ・・ほんとに・・。
・・・いよいよはじまるな・・・。


 一種類ずつ、8貫にぎる。一口大の美しく愛らしい姿が一列に並ぶ。
そして、二つずつ持っては目の前に置いて下さる。4往復すれば、みなに
行き渡る。すぐに口に放り込んでみたり、しばし眺めたり、それは、
そのときの気分しだい。
 それでも、目が離せない。なんだか、ずっと一本の時間が流れていた
ような気がした。お茶とビールと冷酒をお供に、どうやったら一番
おいしく食べられるか知らず知らずのうちに考えていたような気がする。


 何貫目かのお寿司が届く頃には、店主もいくらか客と会話を交わす。
何度も来られている方も多いようだ。気を配りながら、気が逸れないよう
に、細心の注意をはらった淡い会話をしているように伺えた。その緊張感が
初めてのあたしたちにも心地よく感じられた。店主のお人柄だろう・・
そして、おすしそのものにお人柄の大部分は現れている・・と思えた。
「味で勝負よ!」なんていう次元ではなく、おすしと、たたずまいとに、
多くを語らずとも滲み出ている・・という自然なものだった。


 帰り際に、ふと目をやると、氷をいれて使うという昔の冷蔵庫が置いて
あった。「あれってもしかして・・」とあたしたちが話していると、常連の
おじさまが、「この店は、カウンターの中でほんとに使ってる冷蔵庫も、
氷で冷やすやつだよ」と教えて下さった。
・・・なんとなく、あのおさかなの味と色合いに納得した。


 店を出て、しばし酔うふたり。あんな店があるんだ。こんな味わい方が
あるんだ。まるで、すてきなお芝居かなにか観た後のように何となく感動
して興奮してた。お店に感謝、一緒に過ごしたお客さん達に感謝、そして、
一緒に過ごした相棒にも。今日来られて良かったね、思い切って来てみて
良かったね、ふたりで来られて良かったね。
 幸せな気分でした。そして、その幸せに感謝したいって思いました。