撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

 葉

この部屋には郵便は届かない
この部屋では電話も鳴らない
かろうじて時計は掛けてあるけれど
それは小さな時計で時間を区切られたくないから
大まかなスケジュールを立てるためにだけある


昼間にちかくの公園に出掛けた
立ち並ぶ銀杏の樹が色を変えつつあった
緑の残る金色に輝く葉はどこか透き通って見える
そしてしっとりと黄を深めて存在を重くしたのち
やがて軽い音を立てながら金の砂が舞うような吹雪を見せるのだ


はじめの日は公園から小高い丘まで
そしてまちをぐるり巡って歩いた
街路樹の名前を読みながら
ビルの間に見える雲を指さしながら
お気に入りの台湾料理の食堂へ寄って夕食を済ませ
コンビニで白ワインとチーズを買って帰った
おみやげは公園で拾った数枚の葉
植物図鑑のなかに挟んで栞にしてみた
パソコンで好きなドラマを一緒に観ていたけれど
途中からはドラマそっちのけでキスをして寝た


二日目は車を借りてドライブした
海沿いを走ってカフェで軽く食事をしてお茶を飲んだ
光が眩しくて雲が白くて空が青くて
晴れて良かったねって言い合って誰にともなく感謝した
こんな気分のいい日差しの中にいると祝福されてる気がする
それがなんとも嬉しくて言葉少なに微笑み合った


日が沈むころ部屋に帰り着いて
服を着替えてからレストランへ向かった
ずいぶん長いこと来てなかった店なのですこしだけ緊張したが
店のひとは変わらぬ笑顔で迎えてくれた
お互いに
なにも知らないけれどよく知っているものとして
その場だけの最高の友人のように理想的な関係で
最高の食事の時間を過ごせた



レストランから部屋まで歩いた
暗く人通りもまばらになって昼の顔とは違う顔に見えた
再会した日には早く帰りたかったその場所に
今日はなるべくゆっくりと時間をかけてたどり着きたい気分になっている
夜を遅くまで過ごして
あしたの来るのをできるだけ先に延ばそうとしている



きっと明日の私は不機嫌だ
もしくは意味のないことをぺらぺらとしゃべる女になっている
はじめのウキウキとキラキラと発していた言葉とは違い
共に過ごした夜にひとことふたこと囁いた湿った言葉とも違う
こころを載せるには重すぎるから
そんなこころは見せられないから
ただからからかさかさと音をたてる落ち葉のような言の葉に違いない



ここにいても出会いと別れを繰り返すのは変わらない
また逢うためにさよならを言うのだ
そしてさよならがいつも苦く淋しいのは
一緒にいたいと思うからにほかならないのだろう


本の間に挟んでいた乾いた葉を
部屋をでるときにエントランス横の郵便受けに放り込んだ
色は心の中に残す記憶だけでいい