撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

 器

土踏まずから足の甲へ向かって
ちらちらと温かいものが動くのを感じて目覚めた
遮光カーテンの隙間から高くなった日差しが差し込んでいる
カーテンのすぐそばで半分うつぶせになりながらあなたが眠っている
眉間のしわが消えきっていないのはまだ疲れているのか
それとも新しい悩みが生まれているからなのか
でもそれを考えるのも引き受けるのも私の仕事ではないから
一瞥しただけでもう見なかったことにする


歯磨きをしてシャワー
化粧していない素顔を見られるのは覚悟しているし
なんの恥ずかしいこともないけれど
昨日の一部、とりわけ昨夜の顔の続きを残したままでいるのは
いまのわたしには許せないことだった
ふたりベッドの中でおなじように目覚めたときならそれもいい
余韻に浸りながらゆっくりその明るくなっていく景色を眺めればいい
酔っていくのも同じくらいなのが心地よいように
その昂ぶりから日常へともどってくる足並みもできればそろっているほうがいい
高く上った日差しの下ではもうなにもなかった顔をしているほうがいい



流しで戸棚から取り出した粉引の飯碗を水に浸す
乳白色よりもすこしだけ土の色をうつした白
両手で抱え持った林檎のようなすこしだけ口がすぼまったかたち
ここには気に入ったいくつかの器しかないから
これは飯碗ではあるけれど
野菜を盛ったりカフェオレを注いだりその時々で変わる
いくつもの表情を見たいからこそ
そのどれかの染みをつけないように念入りに準備する


毎日いろんなことが起こる
どんなに神経を使っても傷つけずにいることなどできないし
傷つかないでいることも難しい
純粋で潔癖だった自分もずっと昔にはいたかもしれないけれど
そのころに戻りたいとも思わない
傷はつくもの
心は揺れるもの
それが致命傷にならぬように備えるしかない
水に浮かべられたつちものの器のように
その内に水をたたえて見えない膜を持ち
おだやかに弾き返す力を備えておきたいと思うのだ



そしてこの場所は
その浸り潤す場所なのではないかと思っている