撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

雪の日の思い出

 ふと思う。ひとつ幸せな雪の日の思い出があれば、雪を見るたびに幸せな気分になれる。雪が自分の敵ではなく、味方だと思えるようなそんな素敵な思い出があれば・・。



 私が生まれた年は記録的な大雪だったらしい。時々、祖母はその雪の中を母の入院している病院までおむつを届けたという話をしていた。それは私の誕生にまつわる思い出話で、そしてその年の大雪にまつわる思い出話だったのだ。

 穏やかで気丈だった祖母が、母がなくなったあとにすこしばかり愚痴っぽく悲観的になった。それは、祖母のことを母の代わりに慕いたい私にとってはショックなことだった。母が逝って2年半のちに彼女もまたこの世を去ったのだけれど、その最後の冬に、その雪の日のおむつの話をした祖母は少しばかり不機嫌に見えた。そして私はなんだか自分がここにいることが申し訳ないような気分になった。そして、Yちゃん(母の妹)はいつも優しかったけれど、Aちゃん(母)は、堅すぎて時々きつかったなどという祖母のことが少し嫌いになったことを記憶している。



 降りしきる雪の中を帰りながら、今日は幸せな心のままでいられた私は、なぜだかふとそのことを思い出した。そして不意に思ったのだった。



 祖母は淋しかったのだ。どんなにやさしくされても、母という心の支えを失って急に心細く、それこそ、自分がなぜ生きているのかと問いかけたくなるほどに淋しかったのだ。若かった私など想像もつかないほどの深い悲しみの中にずっと溺れそうになるほどの日々を過ごしていたのだ。あの日は淋しく聞こえたけれど、雪の中、孫のために滑りそうになりながら病院へ急いだという思い出は、愛しい我が娘が、いくつかの困難を乗り越えてようやく子どもを授かったというまばゆいばかりに輝く思い出の中のワンシーンだったに違いない。祖母は間違いなく、誰よりも母を愛していたのだ。



 幸せな思い出は、幸せな気分をくれるだけではなく、過去の悲しみまで溶かしてくれるような気がした今日のこの雪の日・・・。ちいさなとげのようなものが引っかかっていたわたしの心の中でも、そのとげが核になり、ましろの雪を降らせてくれたのかもしれない。やっと心から抜けたとげはいつか土に戻り、また新しい力になってくれることだろう。時折降る雪はいつも新しい朝を連れてきてくれる・・・。





今週のお題「雪の日の思い出」