撫子の花びらたち

すべての出会いは幸せのためであってほしい

だいじなとき(芋たこなんきん)

 町子が医師から健次郎の病気の説明を受ける。平静を装う・・
いや、心は落ち着けているし、頭でも冷静でいる・・しかし
どんなに隠しても、どこかで自分が揺れている。自分でも
気づかないうちに、動悸が激しくなり、それを保とうとしても
呼吸が速くなりそうで、知らないうちに目の前の世界が、焦点が
合わないように、どこかブレてしまいそうになる。


 町子と一緒に自分がドキドキしているのかと思った。微かに
揺れる画面に、不安と隠しきれない動揺が滲む。


 それでも健次郎の前では静かに微笑む町子。その町子を見る
純子のほうがたまらないほどに・・。


 さあ、臨戦態勢や・・と、ちいさくつぶやいて仕事にかかる
町子。これから起こることに向き合えるようにまずは、どうやって
自分の時間をつくるか、スケジュール表をにらむ。


 一度はひとりで抱える決心をしたのだろう。ひとりで戦場に
向かう兵士のように、いや、大事なひとを敵からまもる戦士の
ように、身支度を整えようとしたのだろう。


 そんな町子に純子が言う。大事な時だからこそ、町子先生と
大先生、いままでそうやってこられたようにお話して下さい・・と。
 

 町子が、どんなにこれまで周りの人々と、信頼しあってきたかが
分かる。健次郎と・・そして純子と・・。だいじなとき・・は、
とてもデリケートで、取り返しのつかない真剣勝負のとき。自分が
敵に傷つけられた傷は、自分で治せるが、自分が味方を傷つけたり
味方に裏切られたりしてしまったら立ち直ることが出来ない気が
する。


 父の入院のあれこれや、介護をしていたときに、すべてのことは
ひとりで決めた。私ひとりしかいなかったから・・。こどものことや
家のことは夫に協力してもらったが、父のことに関しては一切相談も
しなかった。看取ったあとに大変だったな・・と言ってくれた一言で
充分だったと思っている。落ち着いたころに、大学のときの友達と
話す機会があり、いまからそういう問題に当たらなければいけないと
いうひともいて、その話になった。なんで、夫に話さなかったか?と
いう話になり、私が、父のことは私側の問題と思っていたから・・
それと、あのときに期待した言葉と違う言葉がもし夫から返ってきたら
立ち直れないと思ったから・・というと、そこにいた二人は、大きく
頷いてくれた。分かってくれたことで、私の抑えていた心も許された
気持ちになったし、こんなことを理解してくれる友人がいたことを
そして、それに気づかせてもらったことに感謝したことを覚えている。


 家族を心配する、母、兄、そしてその橋渡しをしてくれる純子さん。
どんなにつらいことが起こっても、大事にしてきた関係は、そのまま
だいじなひとたちとして、町子の、健次郎の周りにいてくれる。同じ
心をそっと抱いて、寄り添っていてくれる。


 大丈夫?というおかあさんに、大丈夫やから・・といいながら涙を
流す町子が子供に見えた。いくつになっても親は、こころをほどいて
そのままでいられる、ありがたい場所なのだろう・・・。いくつになっても
そんな場所があるひとが羨ましいと思う。もう、そんな場所にならなくては
いけないという歳になったというのに・・・。