その25 はじまりは・・
はじまりはいつも静かだ。お互いを確かめるように見つめ合う。
いや、それはもう始まっているとき・・。隣りにすわって微かにお互いの
体温を感じる。周りにひとがいてもいなくても・・。ぎこちなく隣を
伺う。助手席に座っているときですら、いつあのひとのほうを向こうか
軽くためらっている。あのひとは前を向いて運転している。時折、声が
私の方を向いていることを知らせてくれる。でも・・そんなときに
限って、わたしのからだはあの人の方を向くことが出来ないでいたりする。
同じ景色を見て、同じものを食べて、同じ音楽を聴いて、そして何より
しばらくあのひととわたしと同じ空気を呼吸して、ようやく、その緊張が
解けていくのを感じる。何度逢ってもそうだ。何度逢ってもはじまりは・・
そうだ。そうして、別れるときには、ひとつの塊をふたつにちぎられるほどの
心持ちがするのに、はじまりは、おびえた動物がはじめてのものを見るほどに
怖れ、ためらい、伺い、そしてどこかで、期待している。
期待?なんて思いがけない言葉。そう、いつからかわたしはあのひとに
逢うことを期待している。何も望まないはずだった関係なのに、わたしは
ただあのひとに逢うことだけを望んでいる。
そんなとき「あなたといつまでも一緒にいたい」。その言葉をあのひと
から、もらった。ベッドの中でなく、逢っているときにでなく、逢えない
ときに・・。この秋のあいだ中、わたしの机の前に張ってある一枚の葉書。
海の見える街の景色の裏に走り書きされた文章。私の心も海を越えたの
だろうか?
永遠に続くものなんてないと思っていた。いまもそれは思っている。
だけど、だからといって、なにも抱きしめずにいることはない。やがて
離れていったとしても、その温もりの記憶はわたしを幸せにしてくれる。
そう、その想いはいつまでも残るのだろう。わたしがいなくなっても
世界がなくなったとしても・・・。
結晶のように残すのなら、それは美しいものがいい。淋しさや恨みの色で
なく希望と愛情を思い起こさせる、明るく澄んだ色のものがいい・・・。